いよいよ夏本番を迎えた今日この頃、今の季節にちょうどぴったりなFlashムービーを紹介しよう。本作品は、先月より週刊で公開された全4話のVisualFlashNovelである。栃木県の星野町を舞台に事故で両親を亡くした主人公の少年『川島結城』と引き取り先の親戚の娘で従姉にあたる『和泉榛奈』を中心に描かれた物語だ。今回は、本作品の紹介と共に「むきりょくかん。」の吉村麻之氏に制作秘話を伺った。

ほしのの。 第一話 夏夜

両親を交通事故で亡くした主人公・川島結城(ゆーちゃん)は、父方の実家に預けられることになった。突然両親を失うという境遇を受け止められず喪失感に覆われる彼は、身の回りの環境全てをどこか疎ましく思っていた。そんな中、おせっかいながらも献身的な従姉・和泉榛奈(はるねぇ)の態度に少しずつ心を開いていく。田舎の緩やかな時間の流れと人々の優しさがストーリー全体から感じられる一話だ。

「第一印象は何よりも重要。とにかくリアルな田舎っぽさが出したかったので、最初のシーン(夏夜)は効果音の一つですら調整に調整を重ねていたりします。椎茸打ちに夕顔の皮むきと、他ではまず見かけないであろうシーンを書けて楽しかったです。お気に入りなのは川遊び後に縁側で寝転がるシーンだったり。
グラフィックも前作の“ごがつのそら。”の時よりも綺麗に精細になっています。神明みのりに水着を着せない事は、恐らく一話で最もこだわっている箇所かと思います(笑)
また、全体に言える事ですが、BGMとは別の、環境音(蝉の声とか)をムービークリップを使って流しています。普通のノベルゲーム作成ツールでは環境音の表現は難しく、Flashノベルの利点の一つとも言えるかもしれません。文章で『夏だ』というよりも、ミンミンゼミの声を聞かせた方が生々しく“夏”を感じられると思っています。」(吉村麻之氏)


ほしのの。 第二話 冬蛍

星野の家に住むようになって二年の歳月が経った。すっかり和泉家にうち解けた川島結城は高校へと進学し、一般の高校生と同じく青春真っ只中の生活を過ごすようになっていた。はるねぇとの信頼関係が深まり、移り変わる季節と共に彼女と過ごす穏やかな毎日が描かれている。そんな中、はるねぇは元々弱かった気管支の悪化により向った病院先で思わぬ病気を宣告される…

「冬蛍は作品内にて最も綺麗なシーンであるため、かなり力が入っています。(逆に文化祭はアバウトです(笑))
写真家の方にお願いして、物凄く綺麗な冬蛍の写真を使わせていただいた事が、最も大きいポイントだったと思っています。強烈な寒さの中に灯る蛍が見せられたなら幸い。あと、セーラー服は正義です(笑)。」(吉村麻之氏)


ほしのの。 第三話 嗄声

声帯麻痺による影響は、生活環境に様々な変化をもたらしていた。回復する兆しの見せない病と手術に対する怯えから強がりを見せつつも鬱ぎ込みがちになるはるねぇに、三年前の両親との死別の時に励ましてもらったように、次は自分の番だと固く決心する川島結城。自分をもっと頼って欲しいという想いを伝えたいことから、思わずはるねぇを強く抱きしめてしまう。この行為が後の二人の心理的な変化をもたらす重要なポイントとなっている。

「左反回神経麻痺(声帯麻痺)。医学に関して私は完璧な素人ですのでリサーチが大変でした。発声不能ではなく、発声困難。治療不可能ではなく、治療可能。自然治癒すらありえる。よくもまぁ、こんなドラマチックになり辛いものを選んだものだと思っています。
ホワイトボードは、いつかグッズ化してみたいなぁと企んでいます。(笑)」(吉村麻之氏)


ほしのの。 第四話 星待

河原での事故を機に声帯麻痺の手術をする決意をしたはるねぇ。手術前日に出向いた夏祭りを目一杯楽しみつつも不安が積もるはるねぇは、結城と共に近くの山に登って行った。満天の星空の下、流れ星に願うのは病の回復だけでなく、病によって接近した二人の距離感だった。そんなはるねぇの想いが不安と共にあふれ出すシーンが、事細かに描かれていて感動を呼び起こさせられる。

「苦労した点は全てです。公開日までずっとシナリオとにらめっこでした。奇跡の起こらない地味な話で、どーにかして読み手を泣かせたかった苦悩がたっぷりと入っています。また、スタッフロールには沢山の苦労が詰まっているので、何度も聞いてもらえると嬉しいです。
自作品では初めてエンディングに歌を使ってみたりもしていますね。最後のイラストは抜群です。イラスト担当のジャムる?さんから受け取った時は思わず床を横転しました。(笑)」(吉村麻之氏)


<舞台設定について>

UG-K
ホームページの日記を見ると本業が大変お忙しそうに見えますが、それでも4週連続で公開する理由は?

吉村麻之
各話公開にするのは、出来たものから出していくと言った作業的な意味合いと、「次はどうなるのかな?」とワクワクしてもらいたいからという二点の目的があります。

吉村麻之
週刊公開とするのは、ただシンプルに「スパンが長いと前の物語を忘れてしまう」という一点です。各自が物語を受け止め、それが落ち着いた時に追い討ちをかけていくわけですね。(笑)

吉村麻之
正直な所、毎週公開というのは、作り手にとってかなり過酷です。期待には答えねばといった精神的負担もありますし、間に合わせねばならないという作業的負担もあります。
特に今回の場合、私もイラストのジャムる?さんも仕事が心底忙しく、骨身を削るような日々でした……。

吉村麻之
前作の完成時、「もう週刊公開なんてしない!」と固く誓ったはずだったのですが……(笑)

UG-K
前作も含め主人公には暗い過去や悩みを抱えている部分がありますが、その辺りについて何か思い入れなどがあるのでしょうか?

吉村麻之
あまり無かったりします。微妙な言い方をすれば、“物語上必要だった”という感じです。特に「ほしのの。」の場合、かなり内容が重いので、少しでも軽くするように色々頑張ってたりしますね。
穴を掘って埋めるような感じですが、新鮮な視点で田舎を描写するのに、そういうトリガーが必要でした。

UG-K
作中からリアルな心理描写や情景描写が感じ取れますが、実体験に基づいている部分などはあるのでしょうか?

吉村麻之
一話の農家描写の8割は、私の実体験に基づいています(笑)。そもそもとして、「ほしのの。」における和泉家は、私の母方の実家(栃木県南部)がモデルになっています。

吉村麻之
というわけで、実際に私は椎茸の種を打ち込んだ事がありますし、夕顔の実を削ったこともあります。
サラリーマン家庭の子供にとって、物凄く新鮮なアトラクションだったなぁと。そんな作者の郷愁がたっぷりと含まれているわけですね。

吉村麻之
また、情景描写は実地(星野)に行って、実際に歩いたりしてみて感じた事が元になっています。
わざわざ、夜が来るまで車内待機していた事もありました(笑)。

UG-K
第一話に前作「ごがつのそら。」の神明みのりが登場してましたが、世界感や時代背景がリンクするように設定されたのでしょうか?

吉村麻之
作者としては、「ごがつのそら。」「ほしのの。」は、2つで「空と星の話」という1作品としています。2作品の根本にあるのは、“空をぼーっと見つめる”という、“誰の身近にもある綺麗なものに目を向ける”というコンセプトがあったります。
あとはファンサービスの意味合いも少々(笑)。


<制作について>

UG-K
作品制作についてお伺いしたいのですが、今回の制作にはどれくらいの期間がかかったのでしょうか?

吉村麻之
シナリオ製作4ヶ月、Flash作成1ヶ月。平行作業としてイラストが2ヶ月。その他、楽曲使用依頼や背景の確保などで1ヶ月といった所です。トータルで約半年程度ですね。

UG-K
ホームページに公開されてる「ほしのの。マップ」では現地の詳しい情報が掲載されてますが、ご自身も現地に取材に行ったのでしょうか?

吉村麻之
四話の「百八灯流し」以外は全て、実地を自分が見たり歩いたりしています。取材回数は4~5回ほど。天気に恵まれず、青空をバックにした写真が撮れなかった事が少々心残りです。
(星野の写真は全て、11月に撮影されたものだったりします)

UG-K
なるほど。一方でエンドロールに多くの写真提供者のクレジットが並んでましたが、写真を提供してもらった意図は?

吉村麻之
今回は舞台が田舎で農家ということで、限りなく背景写真素材が少なかったんです。とはいえ、農家の家にいきなり乱入して「写真撮らせて」なんて言えないので、ホームページを見ている方から募集をしてみました。

吉村麻之
使用したのは数枚ですが、写真提供者さんの好意に感謝して全員をクレジットに書かせて頂きました。結果的に、背景写真としての完成度は高くなったと思います。

UG-K
情景豊かな写真の数々に物語のイメージを掻きたてられましたが、写真の募集はシナリオ制作やFlash制作など、どの段階でされたのでしょうか?

吉村麻之
シナリオのプロットが約9割、シナリオ自体が6割終わった所で写真の募集をかけました。Flash製作は本当に最後の最後の作業なので10割の段階ですね。Flashノベルはシナリオ・イラスト・音楽が揃えば、Flashへの組込自体は比較的短時間(10~15時間程度)で出来ますので。

吉村麻之
特に「ほしのの。」は前作「ごがつのそら。」のシステムを流用していますので、かなり楽に出来ました。


<今後の活動について>

UG-K
本作のほか、何か創作活動で今後予定されていることがありましたらお聞かせ下さい。

吉村麻之
「ほしのの。」は完結していますので、以後の続編・外伝の予定はありません。とはいえ、以後の活動予定はさっぱりと未定です。

吉村麻之
昨年に「雲のない雨空の下で」という小説本を印刷してみましたが、また紙媒体に向かうのもいいかなと思っていますし、Flashも紙媒体も離れ、全然違う何か(アクションゲームやRPGとか?)に着手したいなぁとも思っています。

吉村麻之
どちらにしろ、年末頃には何か決めてまたヒィヒィ言っている事でしょう……(笑)


「ほしのの。」をはじめ、ネット上には数多くのFlashノベルが存在する。しかしいずれも複数話に分かれた長編であることが多いので、日常忙しい学生やサラリーマンは全編通して見ることが困難かもしれない。そこでちょうど夏休みやお盆を控えたこの機会、じっくり物語の世界を楽しんでみてはいかがだろうか。

むきりょくかん。